地獄への道は善意で敷き詰められている

統一地方選の前半戦が本日あったわけですが、注目の都知事選は石原慎太郎氏の再選でしたね。
まあ、順当といえば順当。ネットにドップリ使ってると石原さんの再選はないだろ、とか思っちゃうけどこれがリアル世界の選択なのよね。

で、選挙の結果にしても、ここんとこの原発問題に対する反応にしても、みんな善かれと思ってやってるんですよね。
当たり前だけど東京を滅ぼそうと思って石原氏に投票した高齢者は居ないだろうし、原発の危機感を煽る人も無根拠に安心を訴える人もその人なりの正義に基づいて行動してるんだよなと。

で、表題の言葉になるわけです。

地獄への道は善意で敷き詰められている。
(The road to hell is paved with good intentions.)

刑法上は悪意の存在が重要になったりするみたいです。人の命に関わる場合、殺意の有無で殺人罪か業務上過失致死罪か分かれるように。
なんだけど、善意に基づいて行動していても、他人を地獄に突き落としちゃうんだよなと。

今回の選挙で都知事に石原氏がなったのは、民意であり、それ自体は善意の固まりなんだけど、その善意そのものが正しい選択をしたとは限らない。ということは理解しておいた方がいいよな、と。