「ぼくのおつかい」とジュークボックス理論

Livertyが新しいサービス、というか実験?を始めたようですね。

ぼくのおつかい

このサービスは、家がない2人の若者が、おつかいの依頼を受けてそのお駄賃をもらう、というものだそうです。
で、その様子をサイト上で流す、と。

こんなサービスが成り立つのかよ。って気もするんですが、成り立つ可能性もあるなーって気もしてます。
それが「ジュークボックス理論」です。

ジュークボックスって知ってますか?
飲食店なんかに設置されていて、お金を入れて曲を指定するとジュークボックス内にストックされているレコードから曲を店内に流す、というシロモノです。
早い話しが、レコードストック型の音楽再生プレイヤーです。それを自販機みたいにお金入れると好きな曲がながせる、というもの。

これさ、その曲を聴きたい、ってだけなら成り立たないはずなんですよ。
1曲聴くために金払うって経済合理性としてワリあわないじゃんと。

でもこれが「そのお店にいる全員に聴かせたい」とか「この場にいるヤツにオレの選曲センスを見せつけたい」とかそういう動機付けだとなりたっちゃうんですよね。
「この曲が聴きたい」じゃなくて、「この曲をみんなに聴かせたい」。その心理には「この曲を選択したオレ、すごいだろ」ってことも含まれてます。

つまり、「曲を聴く」ことにお金を払ってるんじゃなくて、「その場にいるみんなを楽しませる」ためにお金を払うわけで、ひいては「みんなを楽しませているオレ」という自己満足を得るためにお金を払ってる、と。

これが「ジュークボックス理論」です。私が勝手にそうな付けてるだけですが。

んで、「ぼくのおつかい」に話しを戻すと、「ちょっとしたおつかいを頼みたい」と純粋に思って依頼する人が何割いるのか、っちゅー話しですよ。ぶっちゃけほぼゼロだと思うんですよ。そういう人は。

でも、このサービスを見ている人が大勢いる場合、見ている人たちを楽しませるためにちょっと面白いおつかいを依頼して盛り上げたいと思う人はいると思います。そこにお金を払う人はいるはずです。
で、絶えず面白い依頼が飛び交っていれば「このサービスを利用はしないけど見ている人」というのはそれなりの数がいるはずで、その人たちを楽しませるため、そしてこんな面白い依頼をするオレ、という自己満足を得るためにこのサービスは利用されることはあり得るんじゃないかと。

なので、「ぼくのおつかい」のお二人には、エンターテイナーとしてのご活躍を期待しております。がんばってください。