葬儀は親族のためにやるもの

昨日、友人の葬儀に参列したワケなんだけども、なんかすごくサミシイ気持ちになりました。
友人が亡くなった寂しさとは別の、「葬儀」という儀式に対する寂しさといいますか。

なんというか、「葬儀」という儀式は親族に対して最適化されており、血縁関係にある参列者とそうでない一般参列者に大きく2分されます。

焼香をするのは親族から始まり、その後一般参列者が行い、最後の花を手向けるのも、親族が行ってから一般参列者が行い、その後さらに親族が花を添えます。
火葬場まで付いて行けるのは親族だけで一般参列者は告別式が終わったらそれ以上は入って行けません。

いや、分かりますよ。身内を亡くした親族の気持ちは痛いほどわかります。
ただね、中には何年も会っていない親戚や、仲の悪かった従兄弟がいたりするんじゃないかと。
親兄弟はともかく、年に1回会うか会わないか分からない程度の親戚だったら、たぶんオレのほうが付き合い深かったんじゃないかと。
2人で一緒に旅行したことある親族が何人いるんだと。
一緒に海外旅行したことあんのかと。

でも、どんなに仲が良かろうが、親友であろうが、葬儀の場では一般参列者に属することになり、その他大勢として扱われるわけです。

そのこと自体をさほど理不尽だとは思わないけども、心のどこかでサミシイ気持ちになったりしてます。

ま、葬儀ってものは親族が主役の形式的な儀式ってことで割り切って、オレたちは仲の良かった友達呼んで、あいつの悪口言う会でも開こうか。
生前のあいつを思い出しながら、ずっと悪口言い続ける会。